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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)634号 決定

抗告人

西村竜三

ほか二五一名

右訴訟人代理人

福田徹

ほか六名

相手方

東京電力株式会社

ほか一名

右訴訟代理人

森美樹

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人ら代理人は「原決定を取消す。相手方らは原決定添付物件目録記載の鉄塔(以下、本件鉄塔という)の建替工事を中止しなければならず、これを続行してはならない。」との裁判を求め、その抗告理由として別紙のとおり述べた。

よつて按ずるに、当事者双方の提出した疎明資料によれば、本件の前提事実として、原決定の理由二に記載の事実〈省略〉が一応認められるので、ここにこれを引用する。

そこで、右抗告理由につき順次判断する。

一原審の訴訟手続上における違法性及び不当性について〈省略〉

二電気事業法違反の点について

抗告人らは、相手方らが本件鉄塔の建替工事を施行しようとする地域は多摩ニュータウンの中心地であつて、高層住宅、各種商店、医療機関、銀行及び郵便局等が集中し、その住民及び建造物の数並びに交通量その他からみて、明らかに「市街地その他人家の密集する地域」に該当するものであるから、本件鉄塔の建替工事につき通商産業大臣がした本件認可(前記引用部分において認定した同大臣の相手方東京電力株式会社に対する昭和四八年五月三〇日付工事計画の認可)は電気事業法第四一条及び同法の規定を受けた「電気設備に関する技術基準を定める通商産業省令第六一号」第一一一条に違反し、右瑕疵は重大且つ客観的に明白なものであるから本件認可は無効であると主張する。そこで按ずるに、電気事業法によれば、電気事業者は電気事業の用に供する電気工作物の設置又は変更の工事であつて、通商産業省令で定めるものをしようとするときは、原則として、その工事の計画について通商産業大臣(以下、通産大臣という)の認可を受けなければならないが(同法第四一条第一項)、他方通産大臣も右認可の申請に対しては、該申請にかかる工事計画が同条第三項の各号に適合していると認めるときは必ず右認可をしなければならないこととされており、右認可の要件の一つである同条第三項第二号には、その電気工作物が同法第四八条第一項の通商産業省令で定める技術基準に適合しないものでないことが定められ、更に右第四八条第一項の規定を受けた「電気設備に関する技術基準を定める通省産業商令第六一号」第一一一条第一項によれば、特別高圧架空電線路は、その電線がケーブルである場合を除き、市街地その他人家の密集する地域に施設してはならない(なお、この点については、但書による例外がある)こととされているので、以上を総合すると、通産大臣は特別高圧架空電線路の鉄塔建替工事については、右工事を施行しようとする地域が市街地その他人家の密集する地域であるときは右工事計画の認可をすることができないものといわなければならない。ところが、前記省令第六一号第一一一条第一項にいわゆる「市街地その他人家の密集する地域」の定義については同省令に明確な規定がない。そこで次に、右地域とはいかなる地域をいうのか、その具体的な内容について考えてみると、右省令自体が電気事業法第四八条第二項により同項各号に掲げる要件(右各号は電気工作物による人体又は物件に対する危険及び電波障害、静電誘導等の公害発生の防止等を内容とするものである)を充足して制定することを義務づけられていること並びに同令第一一一条の立法趣旨が特別高圧架空電線路の市街地のような人家の密集する地域における人命その他に対する保安の確保及び右公害防止のための施設制限、特に右電線路が建設された当初原野であつたものが周辺の市街地化により人家の密集する地域になつた場合の保安上必要な右電線路の改修基準を示すものであることに鑑みれば、同令第一一一条第一項の法意は次のように解するのが相当である。即ち、特別高圧架空電線路は電圧が高く危険であるから、これを市街地のような人家の密集する地域に施設することは人命その他に対する保安上危険であるのみならず電波障害、静電誘導等の公害が発生するおそれもあるので、右電線路は、その電線がケーブルである場合を除き、原則として人家の密集する地域に施設してはならない(本文)。しかし、人家の密集する地域であつても、現在の電気設備に関する技術水準からみれば、使用電圧が一七万ボルト未満であつて且つ但書記載の方法によるときは、十分人命その他に対する保安の確保及び右公害発生を防止することが可能であるから、かかる場合は例外として前記電線路を施設して妨げない(但書)。従つて一七万ボルト以上の特別高圧架空電線路は、その電線がケーブルである場合を除き、人家の密集しない地域に限り、コレを施設することができる。蓋し、右地域はもともと特別高圧架空電線路を施設しても人命その他に対する危険及び前記公害発生のおそれが殆どないものであるのみならず、仮に右危険等が存在しても十分これに対する保安確保及び公害防止の対策がとり得るものであるからであるというにある。そうとすれば、一七万ボルト以上の特別高圧架空電線路(本件の場合がまさにこれに当る)の絶対的な施設制限地域である「人家の密集する地域」であるか否かは当該地域における人家の状況、即ち人家の種類、住宅及び店舗等の数及びその配置、人家と高圧線との距離並びに建ぺい率その他諸般の事情からみて、現在の電気設備に関する技術上、右電線路につき人命その他に対する保安の確保及び前記公害防止の対策がとり得ない地域であるか否かによつてこれを決すべきものというべきである。そこで進んで、相手方らが本件鉄塔の建替工事を施行しようとする地域が右にいわゆる「人家の密集する地域」に該当するか否かについて検討すると、

当事者双方の提出した疎明資料によれば、一応次の事実が認められる。即ち、本件鉄塔はいずれも新住宅市街地開発法に基く東京都及び日本住宅公団等によるいわゆる多摩ニュータウン計画によつて最初に建設された諏訪及び永山住区(現在、戸数約六、五〇〇、人口約二三、〇〇〇)の中にあるが、附近は殆ど五階以上の高層層住宅より成る集合住宅地区である。右地区には、以前から前記引用部分において認定した相手方東京電力所有にかかる特別高圧架空電線路東京西線が通つているが、その一部が本件鉄塔三基を結ぶ右高圧線である。ところで、多摩ニュータウン計画においては、最初から右東京西線の存在を前提として開発計画を樹立し、これを進めていたので、本件諏訪及び永山住区においても、特別高圧架空電線路による人命その他に対する保安の確保及び電波障害、静電誘導等の公害防止のため、鉄塔周辺の利用法、住宅及び店舗等の建造物の配置並びに鉄塔と建造物との距離その他について相当の配慮をめぐらし、その結果、次のような状況となつた。即ち、本件鉄塔三基の周辺はいずれも公園となり、又右各鉄塔を結ぶ高圧線の下にはいかなる建物も建築されず、該線下は殆んど全部遊歩道や児童遊園等となり、次に本件鉄塔及びこれを結ぶ高圧線の両側には多数の住宅(高層住宅)及び店舗等が配置されているが、右高圧線と住宅との距離は二〇米以内のものが七、八棟あるけれども、大部分の住宅は三〇米以上離れており、又鉄塔自体と住宅との距離も殆ど全部五〇米以上存在し、更に店舗等は本件一〇六四号鉄塔附近において高圧線を斜めに横切り、ほぼ一列に各種商店数十軒、スーパーマーケット、各種医療機関、銀行及び郵便局等が存在するが、殆ど全部右鉄塔及び高圧線から五〇米以上離れており、試みに本件鉄塔周辺において建物が最も多く且つ最も高圧線と近接している本件一〇六五号鉄塔附近において、右鉄塔をほぼ中心とし、高圧線の両側にそれぞれ五〇米、電線路の方向に五〇〇米を劃した五万平方米の長方形の区域(原決定末尾添付の図面(三)に記載の区域と大体一致する)において右面積から同区域内の道路面積を差引いた部分に対する建造物で蔽われた面積の割合、即ち建ぺい率をとつてみると、これは約8.3パーセントである。なお、本件一〇六四号鉄塔の東側には多摩ニュータウン内の幹線道路と歩道橋が存在するが、右幹線道路には各種車輛の往来が激しく、又右歩道橋は前記店舗等の中央にあつて、右幹線道路と交差する重要なものであるため、附近住民の通勤、通学、買物等による交通量がすこぶる多い。以上認定の事実によれば、相手方らが本件鉄塔の建替工事を施行しようとする地域は、全体としてみると、大都市近郊の大規模な住宅団地であつて、近代的な新興市街地であるというべきであるが、いまだ現在の電気設備に関する技術水準からみて、一七万ボルト以上の特別高圧架空電線路につき人命その他に対する保安の確保及び前記公害防止の対策がとり得ない地域であるとはいえないもの、即ち前記省令第一一一条第一項にいわゆる一七万ボルト以上の右電線路の絶対的な施設制限地域である「人家の密集する地域」には当らないものと認めるのが相当である。そうとすれば、本件鉄塔の建替工事につき通産大臣がした本件認可は、住宅団地における良好な居住環境の確保という点からみると、必ずしも好ましいものとはいえないが、さりとていまだ違法無効とまでは勿論いえないものというべきである。従つて、抗告人らの前記主張は採用しない。〈以下省略〉

(杉山孝 古川純一 岩佐善己)

別紙 抗告の理由 〈省略〉

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